「営業の詰め方」が下手なリーダーは、チームを壊している。正しい指導とは何か?
「営業の詰め方」が下手なリーダーは、チームを壊している。正しい指導とは何か?
営業会議の空気が重い。
数字を持っていないメンバーがいる。上司が口を開く。
「なんで取れてないの?」
「どこに問題があるの?」
「それで営業としてどうなの?」
――よくある光景だ。だが、これは本当に「指導」なのだろうか。
まず、問いを逆転させてほしい
「詰める」という行為を正当化するとき、多くのリーダーはこう言う。
「厳しくするのは、その人のためだ」と。
だが少し立ち止まって考えてほしい。
詰められた営業マンは、翌日どんな顔でお客様の前に立つのか?
萎縮した心、傷ついた自尊心、「また怒られる前に数字を作らなければ」という焦り。
それは本当に、顧客の課題を解決できる営業の姿だろうか。
「詰め方」が生む、意外な副作用
水平思考で営業指導を見ると、見えてくるものがある。
営業の詰め方を間違えたとき、起きることは「反省」ではない。起きることは**「隠蔽」**だ。
数字が悪いことを報告しなくなる。見込み客を水増しする。失注の原因を「先方都合」にする。
これはメンバーの人格の問題ではない。詰められる環境が、嘘をつかせているのだ。
人間は追い詰められると、正直に生きるコストが高くなる。それだけのことだ。
では、正しい「詰め方」とは何か
ここで逆説がある。
実は、真の意味での「詰め」は必要だ。
ただし、詰めるべき対象が違う。
❌ 人格を詰める
❌ 結果だけを詰める
❌ 感情をぶつける形で詰める
✅ プロセスを詰める
✅ 思考の甘さを詰める
✅ 「なぜそう考えたか」の根拠を詰める
例えばこうだ。
「なんで取れてないの?」ではなく、
「初回訪問から今日まで、何がどう変わった?相手の購買意欲は上がってる?下がってる?なぜそう判断した?」
これが「詰める」の本来の意味だ。追い詰めるのではなく、思考を深掘りすること。
指導とは「答えを教える」ことではない
優秀な営業リーダーほど、こんな誘惑にかられる。
「自分ならこうする」「こう言えば取れる」「なんで俺のやり方を真似しないんだ」
だがここに大きな罠がある。
あなたのやり方が通用したのは、あなたの人間性があってこそだ。同じトークを別の人間がやれば、それはコピー商品になる。顧客はそれを敏感に感じ取る。
指導とは、その人固有の強みを引き出すプロセスだ。
だとすれば、リーダーが最初にすべきことは「教える」ことではなく**「観察すること」**だ。
このメンバーは何が得意か。どんな顧客と相性がいいか。どこでエネルギーが上がるか。
そこを起点に、初めて「詰め方」と「指導」が機能しはじめる。
最後に、一つだけ問いを置いておく
あなたが過去に受けた指導の中で、本当に自分を変えてくれたものは何だったか。
怒鳴られた言葉だったか。それとも、誰かが静かに真剣に自分の話を聞いてくれた、あの時間だったか。
営業の「詰め方」と「指導」は、紙一重だ。
その差は、技術ではなく思想にある。
あなたのチームに、今日も明日も、正直に失注を報告できる文化があるかどうか。
それが、最終的に数字を作る。
「強いチームは、詰めて作るのではない。安全に失敗できる場所から育つのだ。」